孫たちのこと
私には二人の孫娘がいる。彼女たちは、私がサラリーマン生活にピリオドを打った、奇しくもその日に双子の姉妹として生まれた。私は平成元年から国分寺市で暮らしていたが、孫たち私の長女の家族も、同じ市内で暮らしている。孫たちは市内の中学を卒業し、それぞれ都立の高校に進学した。高校進学時には、母親の娘と共に国分寺周辺の幾つかの私立高校を見て回ったりしたこともある。大学進学については、姉のほうは普通にブランド校といわれる私立大学に進学した。妹の方は、担任からは強く大学進学を勧められたが専門学校へ進学した。彼女は早くからイラストレータを目指していたため、四年制の大学進学の意思は全くなかった。 |
孫たちが5歳の頃、国分寺の住まいの玄関先にて
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私たち夫婦は、アートを学ぶにしても四年制大学の方がいいと思ったが、画家である次女の婿の意見を求めたところ、既に絵を極めたいという強い意志があるのであれば、専門学校で学んだほうがためになるのではとのことだった。いずれにせよ、二人とも自分たちが希望する学校に進学した。
妹のことになるが、われわれ夫婦は小学六年生の時にかみさんに贈られた誕生祝カードに描かれた「雨」の絵に驚かされていた。画家である次女の婿も大変感心していた。中学時代にも、音楽祭や体育祭のプログラムの表紙の絵を描いていた。中学二年生の時には、国分寺市から依頼され授業で描いた麻薬撲滅運動のポスター用の絵が採用され、実際にポスターやポケットティッシュの挿絵になった。また、市が大々的に公募した国分寺市のロゴマーク制作に応募して、社会人に交じって優秀賞の三人に選ばれたりもしている。そして、専門学校では幾つもの作品を描いているが、学校と提携して行われた超人スポーツ協会のイラスト大会では下の「水中ドッヂボール」が金賞を受賞している。 |